浦和地方裁判所越谷支部 昭和61年(ワ)227号 判決 1991年2月13日
原告
梅田建設工業株式会社
代表者代表取締役
梅田國忠
訴訟代理人弁護士
小川吉一
被告
有限会社小櫃商事
代表者代表取締役
小櫃良夫
訴訟代理人弁護士
佐々木新一
柳重雄
主文
一 原告の本訴請求を棄却する。
二 被告の反訴請求を棄却する。
三 訴訟費用は、本訴反訴を合わせてこれを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
事実及び理由
第一申立て
一原告は、本訴請求として、「被告は原告に対し金七五〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年九月一九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。」との判決と仮執行の宣言を求めた。
二被告は、反訴請求として、「原告は被告に対し金七九〇万円及びこれに対する昭和六三年四月九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。」との判決と仮執行の宣言を求めた。
第二事案の概要
一請負契約
1 原告(請負人)は、昭和六〇年二月一三日被告(注文者)との間に、別紙物件目録記載(一)の土地ほか三筆の土地(以下これを合わせて「本件土地」という。)の上に、同目録記載(二)の建物(以下「本件建物」という。)を代金二億二五〇〇万円で建築するとの請負契約を結び、代金の支払方法について、「同月一九日に七五〇〇万円、上棟時に七五〇〇万円、完成引渡時に七五〇〇万円を支払う。」と約定した。
2 原告は、昭和六〇年三月建築工事に着手し、同年九月一八日本件建物を完成して、これを被告に引き渡した。
被告は、本件建物について、浦和地方法務局草加出張所(以下この名称を省略する。)同年九月六日受付第二五七三六号所有権保存登記を経由した。
3 原告は、被告から、請負代金の一部として一億五〇〇〇万円の支払を受けた。
4 そこで、原告は、本訴請求として、被告に対し、請負代金残額七五〇〇万円(以下「残額」という。)とこれに対する引渡日の翌日の昭和六〇年九月一九日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
5 1のうち契約締結日を除くその余の事実、2と3の各事実は、いずれも争いがない。被告は、契約締結日が昭和六〇年二月二四日であったと主張したが、その事実は原告の残額請求権の発生原因に影響を及ぼさない。
二賃貸借契約
1 被告は、昭和五九年一二月に日商運輸興業株式会社(以下「日商」という。)との間で、「被告が小櫃勇治所有の本件土地の上に本件建物を建築して、この土地建物(以下「本件土地建物」という。)を日商に賃貸し、日商は、これを八潮配送センターとして使用する。」との賃貸借予約契約を結んだ。
2 被告は、昭和六〇年二月二四日日商との間に、「被告は、日商に本件土地建物を賃貸する。賃料は、月額四三八万円とする。」との賃貸借契約を結んだ。
3 1と2の各事実は、いずれも争いがない。
三建築協力金契約
1 被告は、昭和六〇年二月二四日日商との間に、次の約定による金銭消費貸借契約を結んだ。
(一) 日商は、被告に対し、請負代金額に相当する二億二五〇〇万円を建築協力金として貸し付けることとし、これを契約締結時、本件建物の上棟時、本件建物の竣工時にそれぞれ七五〇〇万円を交付して貸し付ける。
(二) 被告は、日商に対し、右の借入金について、本件建物の引渡日から一〇年の間に毎月二五八万円ずつを支払って弁済する。
(三) 右の借入金の弁済については、日商が被告に支払うべき本件土地建物の賃料と、毎月同額の範囲で相殺する。
2 被告は、日商から、本件土地建物の賃料として、昭和六〇年二月二四日に三月分四三八万円、四月二日に四月分一八〇万円の支払を受け、その後毎月一八〇万円の支払を受けた。
3 1と2の各事実は、<証拠>によって認めることができる。
四請負代金債権の存否
1 被告は、請負代金の弁済について、「日商は、被告の原告に対する請負代金債務について、被告のためその支払に代えて別紙手形小切手振出明細表記載番号一ないし一一の約束手形と小切手を原告に対して振り出し交付した。原告は、その趣旨を了解して、日商から右の手形と小切手を受け取った。これにより被告の請負代金債務は消滅した。」と主張した。
原告は、右の主張について、「番号一ないし一一の約束手形と小切手は、いずれも被告の原告に対する請負代金支払のために原告に対して振り出し交付された。番号一ないし七の手形と小切手はいずれも決済されたが、番号八ないし一一の約束手形四通(以下これを合わせて「本件手形」という。)は決済されなかった。本件手形は残額七五〇〇万円の支払のために振り出されたものであるから、残額の弁済はなかった。」と答弁した。
<証拠>によれば、「本件手形は残額の支払に充てるものとして振り出されたが、いずれも手形金が支払われなかった。」事実を認めることができる。
本件手形が残額の支払に代えて振り出し交付されたものであるか否かが争点である。
2 被告は、予備的に、「次のような事情から、原告が残額の支払を請求するのは権利の濫用であって許されない。」と主張した。
(一) 原告は、被告の同意を得ないで、日商から請負代金の支払を受けた。
(二) 日商は、被告に対し、「大和生命保険相互会社(以下「大和生命」という。)から建築協力金相当額を借り入れて、これを被告に貸し付ける。」と約定し、被告は、その借入金債務につき大和生命に対して本件土地を担保に供したところ、日商は、約定に反して大和生命から五億円を借り入れた。原告は、右の借入れを知っていたから、日商から請負代金全額の支払を受けることができたのに、その利益を放棄して日商のため資金融通の便益を図り、被告に無断で日商から本件手形を受け取った。
(三) 原告は、経済的に日商と密接な関係を持っていた。日商は、被告に対して数々の約定違反行為をしたが、原告は、これに関与し、又はこれを知っていた。
(四) 原告は、日商に対し本件手形の手形金債権を有している。
原告は、右の主張を争った。
原告の残額請求が権利の濫用に当たるか否かが争点である。
五仮差押決定とその執行取消決定
1 原告は、浦和地方裁判所越谷支部昭和六一年(ヨ)第三二号不動産仮差押命令申請事件において、同年三月一七日本件建物につき残額七五〇〇万円を被保全債権とした仮差押決定を受け、本件建物につき同月一八日受付第七九一九号仮差押登記を経由した。
2 被告は、昭和六三年四月一一日右の不動産仮差押命令申請事件について被保全債権七五〇〇万円を供託し、同月一三日仮差押決定による執行の取消決定を得た。
3 1の事実は争いがない。<証拠>によれば、2の事実を認めることができる。
六代位弁済等のための借入金
1 日商は、昭和六一年二月二四日東京地方裁判所に和議開始の申立て(同庁同年(コ)第一号事件)をなし、同裁判所は、これを認容して、同年一一月二八日午後四時に、日商に対して和議手続を開始するとの決定をした。
2 大和生命は、昭和六〇年三月一九日日商に五億円を貸し付け、いずれも極度額を六億二五〇〇万円として、小櫃勇治所有の本件土地につき同月二〇日受付第七四八六号、被告所有の本件建物につき同年一〇月一四日受付第二九三三一号の各根抵当権設定登記を経由した。
3 大和生命は、昭和六一年三月三日ころ被告に対し、「日商が和議開始の申立てをして期限の利益を失ったから、大和生命は、日商に対し五億円とこれに対する同年二月二四日から完済まで年一割四分の割合による約定遅延損害金を請求する権利を取得した。大和生命は、近日中に本件建物につき競売の申立てをする予定である。」と通知した。
そのため被告は、日商に代位して、大和生命に対し、同年六月七日から一二月五日までの間に六回にわたって、五億円と遅延損害金三九三六万四五四六円を支払い、これを完済した。
4 被告は、3の代位弁済をするために、昭和六一年一二月五日大和生命から五億円を利率年七分八厘の約定で借り入れた。
5 また、被告は、仮差押決定の執行取消しを求める供託金に充てるため、昭和六三年四月大和生命から七五〇〇万円を利率年六分九厘の約定で借り入れた。
6 1のうち、日商が昭和六一年二月二四日和議開始の申立てをした事実は争いがなく、和議手続開始決定の事実は、<証拠>によって認めることができる。
2の事実は、<証拠>によって認めることができる。
3の事実は、<証拠>によって認めることができる。
4の事実は、<証拠>によって認めることができる。
5の事実は、<証拠>によって認めることができる。
七被告の反訴請求原因
1 原告が本件建物について執行した仮差押えは、その被保全債権が存在しなかったから、違法なものであった。
2 そのために被告は、次の損害を被った。
(一) 被告は、大和生命から競売の申立てをするとの通知を受け、これを避けるため、本件土地建物を担保に供して金融機関から代位弁済に要する金銭を借り入れようとした。しかし、金融機関は、いずれも本件建物に仮差押登記が経由されていることを理由に、被告への融資を拒否した。そのため被告は、大和生命から五億円を年七分八厘の利率で借り入れることを余儀なくされた。仮差押登記がなかったとすれば、被告は、金融機関から通常金利の年六分五厘の利率で五億円を借り入れることができた。右の利率の差年一分三厘による利息は、被告が負担を強いられた損害である。被告は、大和生命に対し、昭和六一年一二月一五日から昭和六三年四月八日までの間に七九〇万三九五三円の利息を余分に負担させられた。
(二) また、被告は、仮差押決定の執行を取り消すため、大和生命から七五〇〇万円を年六分九厘の利率で借り入れた。その利率は数回にわたって変動したが、被告は、大和生命に対し、昭和六三年四月一一日から平成二年九月三〇日までの間に、利息として一二一九万九九二六円を支払った。
3 そこで、被告は、原告に対し、民法七〇九条の規定に基づき、2の損害金のうち七九〇万円とこれに対する昭和六三年四月九日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
八反訴請求原因に対する原告の答弁
1 1の事実を否認する。原告がした仮差押えは適法なものであった。
2 2の(一)の事実を否認する。金融機関は、借主の資力、貸付金の使途、担保の有無等を審査して融資の適否を決定するのであり、本件建物の仮差押登記は融資拒否の要因とならなかった。大和生命は、本件土地のみを担保として日商に五億円を貸し付けた。
第三請負代金債権の存否
一第二の一の請負契約、二の賃貸借契約と三の建築協力金契約は、相互に関連したものであって、(一)原告は、被告から請負代金二億二五〇〇万円で本件建物の建築を請け負い、(二)被告は、日商に本件土地建物を賃料月額四三八万円で賃貸し、(三)日商は、被告に請負代金相当額の二億二五〇〇万円を貸し付けるというものであり、相互に経済的利害関係を持っていた。
<証拠>によれば、「原告の取締役営業部長であった太田佶は、昭和五九年四月ころ有限会社泉不動産に勤務していた矢野賢治に、『日商が配送センターを設ける場所を探している。見返りとして、原告が建物の建築を請け負う。』と話を持ち掛けた。矢野は、小櫃勇治が本件土地を所有していたことを知っていたので、子の小櫃良夫を太田に紹介した。良夫は、矢野、太田と折衝して、契約を結ぶことを承諾し、これを実行するために、同年一一月六日不動産の賃貸借等を目的とした被告を設立した。」事実を認めることができる。
二大和生命は、昭和六〇年三月一九日日商に五億円を貸し付け、勇治所有の本件土地につき極度額六億二五〇〇万円の根抵当権設定登記を経由した。
<証拠>によれば、原告は、同日太田を通じて、日商が大和生命から五億円を借り入れたこと知った事実を認めることができる。
他方、<証拠>によれば、「被告は、日商が大和生命から二億二五〇〇万円を借り入れることを承諾したにとどまり、日商が五億円を借り入れたことを知らなかった。被告と勇治は、極度額六億二五〇〇万円の根抵当権設定登記を経由したことが不安となり、同年三月二五日から日商と折衝して、四月二六日日商から、『被告が本件建物につき表示登記を経由する前までに、日商は、本件土地につき右の根抵当権設定登記を抹消して、債権額を二億二五〇〇万円とする抵当権設定登記を経由する。』との約定を取り付けた。」事実を認めることができる。
また、<証拠>によれば、「日商は、右の約定を履行しなかったところ、被告と勇治は、同年一〇月八日日商との間に、『被告は、追加担保として本件建物に極度額六億二五〇〇万円の根抵当権を設定する。日商は、同年一一月三〇日までに本件土地建物につき極度額六億二五〇〇万円の根抵当権設定登記を抹消する。その後に被告と勇治は、日商が他の金融機関から借り入れる金銭の担保として、本件土地建物につき債権額三億五〇〇〇万円以内の抵当権を設定する。日商は、本件土地建物に対する担保権の実行により被告らに対して負担する債務を担保するため、日商所有の栃木県佐野市所在の土地につき極度額三億五〇〇〇万円の根抵当権を設定する。』と約定した。」事実を認めることができる。
三<証拠>によれば、「原告は、昭和六〇年三月八日地鎮祭を行い、五月二日開発行為の許可を受け、六月一五日建築物の確認通知を受け(建築主日商)、七月二九日上棟式を行い、九月一八日本件建物を被告に引き渡し、被告は、直ちに本件土地建物を日商に引き渡して、日商は、九月三〇日八潮配送センターの落成式を行った。」事実を認めることができる。
四<証拠>によれば、「工藤幸也は、日商の常務取締役財務担当であったが、太田、良夫と協議の上、『日商が被告に建築協力金を貸し付け、被告が原告に請負代金を支払うという仕方では手間が掛かるので、この手間を省き、日商が被告に代わって請負代金を直接原告に支払うこととする。』と約定した。」事実を認めることができる。
手形小切手振出明細表記載番号一ないし七の約束手形と小切手が請負代金支払のために振り出し交付され、いずれも決済された事実は争いがなく、原告は、これをもって、被告から請負代金一億五〇〇〇万円の支払を受けたとしている。右の手形と小切手の振出日と満期は明細表記載のとおりであって、日商は、右の代金を約定の弁済期に(一回目はともかく、上棟時までに)支払ったのではなかった。日商は、昭和六〇年九月三〇日落成式を行い、一〇月一日本件手形を残額の支払に充てるものとして振り出し交付した。
太田証言と小櫃供述によれば、「被告は、日商と原告に対し『被告を通して請負代金を支払って欲しい。』と申し入れたが、原告は、被告に知らせないで、日商から番号一ないし一一の約束手形と小切手を受け取った。」事実を認めることができる。
五原告は、昭和六〇年三月一九日、日商が同日大和生命から建築協力金を含んだ五億円を借り入れたことを知ったのであるから、日商が原告に請負代金として支払うべき金銭を保管していることを知った。また、被告は、二に認定したように、日商の二億二五〇〇万円の借入金について、それが約定どおりに支払われるよう配慮していたところ、<証拠>よれば、「原告は、太田を通じて、二に認定した事情を知っていた。」事実を認めることができる。
原告が日商から請負代金を約定どおりに支払を受けなかった事情について、太田証言は、「請負代金は三回に分け、現金で支払を受ける約定であった。原告は、日商から他に建築工事等の注文を受けることもあるだろうと期待して、現金で受け取るべきところを手形を受け取って我慢した。日商の面倒を見たことになった。いろんな絡みがあって、手形を受け取った。」といい、工藤証言は、「大和生命から借り入れた五億円の内訳は、建築資金三億円と日商の運転資金二億円であった。被告から根抵当権の極度額が多過ぎるとの申入れがあり、被告との間で二に認定したような約定を結んだ。日商は、原告から請負代金の請求を受けると、被告を通さず、直接原告にこれを支払った。日商が手形で支払ったのは、資金繰りが苦しかったからと思う。日商は、借入金を他に貸して、資金繰りが苦しい状態であった。そのため日商は、被告に貸付金を渡さず、その代わりに原告に直接請負代金を支払うことにした。」というのである。
工藤証言には、「原告の太田は、当初から被告の窓口となっていた。原告は、被告の代理か代行の立場にあった。被告は、手形による支払も仕方がないと返事した。」とあるが、小櫃供述に照らせば、右の証言のような事実はなかったと認めることができる。
六<証拠>によれば、「被告は、本件建物の所有権保存登記手続をするに当たって、司法書士から『請負代金の領収証が必要である。』と言われたので、その旨を太田に説明し、昭和六〇年八月二九日原告から金額一億円の領収証(三月二三日付けのもの)を受け取った。次いで、被告は、矢野を通じて太田に『残りの領収証を欲しい。』と申し入れ、同年一〇月一七日原告から金額を二〇〇〇万円、五〇〇万円、一億円とした領収証三通を受け取った。この三通には作成日付の記載がなかったので、被告は、原告の担当者に問い合わせ、これを順次同年九月一八日、同日、同年一〇月一四日と補充した。」事実を認めることができる。
七被告が日商から本件土地建物の賃料の支払を受けたことは、第二の三の2に認定したとおりであるが、<証拠>によれば、「日商は、昭和五九年一二月被告との間で本件土地建物の賃貸借予約契約を結んだ際、契約保証金として三〇〇〇万円を支払うと約定し、予約締結時に二〇〇万円を支払った。日商は、昭和六〇年二月二四日被告との間で本件土地建物の賃貸借契約を結んだ際、契約締結時に保証金三〇〇〇万円を支払う(既払の二〇〇万円はこれに充当する。)と約定したが、残額二八〇〇万円を支払わなかった。賃貸借の期間は、本件土地建物の引渡日から二〇年と約定されたが、日商は、保証金の支払につき猶予を求め、その代償として同年三月分から月額四三八万円の賃料を支払うと申し出た。被告は、これを承諾し、日商から賃料を受け取ることとしたが、日商は、四月分の賃料から建築協力金の割賦弁済額二五八万円を差し引き、差額の一八〇万円ずつを被告に支払った。」事実を認めることができる。
八そこで、次のように判断する。
1 日商は、昭和六〇年三月一九日大和生命から被告への建築協力金二億二五〇〇万円に充当する金銭を借り入れ、これを保管した。
日商は、建築協力金を被告に交付する代わりに、これを預かっていて、原告から請負代金の請求を受ける度に、直接原告にこれを支払うこととした。
日商は、三月二三日原告に請負代金五〇〇〇万円を小切手で支払ったのを初めとして、四月一日と六月二四日には手形で、八月三一日に小切手で、九月二八日に手形三通で請負代金を支払い、一〇月一日本件手形を振り出し交付した。
また、日商は、被告から建築協力金の割賦弁済金の支払を受けたとして、これを四月分の賃料から差し引いた。
被告は、三月二五日から日商と折衝して、四月二六日には日商の物上保証債務額を二億二五〇〇万円に限定する措置を講じようとした。
以上によれば、被告と日商との間の建築協力金契約は、約定に従って履行され、被告は、日商に対して二億二五〇〇万円の借入金債務を負ったと認めることができる。
2 原告は、日商が大和生命から建築協力金相当額を借り入れたことを知り、被告との間に「日商から直接請負代金の支払を受ける。」と約定したのであるから、被告との請負契約を履行して請負代金の支払を受けるに当たっては、日商に対して約定の期日に約定の金銭を請求し、その支払を受けることができた。
日商も、被告との間に「被告に代わって請負代金を直接原告に支払う。」と約定したのであるから、原告から請負代金の支払を請求されたときには、約定に従ってこれを支払うべきであった。
ところが、原告は、日商に対して約定どおりの請求をせず、日商は、原告に約束手形を振り出し交付して請負代金を支払った。このような請負代金の支払方法は、原告と日商がその裁量で取り決めたことであり、被告は、これに関与しなかった。原告が日商から手形で支払を受けた理由は、「日商が、資金繰りに困って、被告への建築協力金相当額を他に流用し、請負代金の支払に当たって原告に期限の猶予を求めたところ、原告が、日商の窮状を察し、これを援助して置けば、日商から後日仕事の注文を受けることができるものと期待して、日商の求めに応じた。」ことにあった。これによれば、原告は、日商との取引における利害得失を考量し、その責任において日商から手形で支払を受けることを承諾したというべきである。
3 原告は、残額七五〇〇万円の支払に充てるものとして、日商から本件手形を受け取ったのであるが、原告は、日商に期限の猶予を与える趣旨であったから、本件手形が残額の支払に代えて振り出し交付されたものと認めることはできない。
日商は、本件手形の手形金を支払わなかったから、原告に対して残額を支払ったことにならない。
原告は、被告に対し金額合計二億二五〇〇万円の領収証四通を交付した。しかし、太田証言によれば、「原告は、昭和六〇年一〇月一七日当時、日商から請負代金全額に相当する手形を受け取っていたので、被告から求められるまま、その全額に相当する領収証を被告に交付した。」事実を認めることができ、その当時明細表記載番号五ないし一一の各約束手形の満期が到来していなかった事実に照らしても、原告が被告に領収証四通を交付したことによって、原告が請負代金全額の支払を受けたことを被告に対して承認したということにはならない。
4 的確な認識ではなかったが、工藤証言では、「原告の太田は、被告の窓口となっていた。」というのであり、矢野証言と小櫃供述によれば、「太田は、日商から信頼され、工藤とともに日商の利益を代弁する立場で被告と折衝を重ね、三者間の請負契約、賃貸借契約、建築協力金契約の締結を推進するとともに、その実行に寄与していた。」事実を認めることができる。
5 このように見ると、原告が残額の受領を逸したのは、原告が日商に期限の猶予を与えて、日商から本件手形の交付を受けたことによるものであり、原告が本件手形を受け取ったのは、原告の取引上の裁量に基づいたものであって、その裁量に支障を与えたような要因はなかったのであるから、その原因は専ら原告自身の判断による法律行為にあったものと認めるのが相当である。
小櫃供述によれば、「被告は、日商に対して、建築協力金の貸借状況、請負代金の支払状況を確認する措置を執らず、原告に対しても、請負代金の受領状況を確認しなかった。」事実を認めることができる。しかし、小櫃供述によれば、「被告は、日商が大和生命のため本件土地建物に設定した極度額六億二五〇〇万円の根抵当権を切り替えるための折衝に気を取られて、請負代金の支払に配慮する余裕がなかった。」というのであり、被告が請負代金の支払を日商に任せていたことに照らせば、被告の右のような態度を責めるのは相当でない。
6 したがって、原告は、みずからの責任において請負代金残額の受領を逸したのであるから、これを棚に上げて被告に残額の支払を請求するのは権利の濫用に当たると認めるのが相当である。
そうすると、原告の本訴請求は不当なものである。
第四反訴請求の当否
一<証拠>によれば、「原告は、本件手形の手形金の支払を拒絶されたので、被告に対し、残額七五〇〇万円の支払を求めるとともに、これを担保するため抵当権の設定を求めたところ、いずれも拒否されたので、残額債権を被保全債権として仮差押命令を申請した。」事実を認めることができる。
二原告は、被告に対し残額七五〇〇万円の請負代金債権を有していた。
当裁判所は、原告の残額の請求が権利の濫用に当たると判断したが、それが権利の濫用に当たるか否かを判断するのは、当事者にとっても第三者にとっても容易なことではない。
したがって、原告が残額債権を被保全債権として仮差押命令を申請したことについて、それが権利の濫用に当たるものであったことのゆえに法律的根拠を欠くものであったと見ることができるとしても、原告がそのことを知りながら、又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのに、あえて仮差押命令を申請したとは認めることができない。<証拠>には、「原告は、本件手形を受け取る際、被告に対し、不渡りとなったときは残額を支払って貰う旨言明し、被告は、これについて異議を述べなかった。」との記載があるところ、<証拠>によれば、「原告が日商から本件手形を受け取るに当たって、右のような遣り取りはなかった。」事実を認めることができるのに、<証拠>によれば、「原告は、乙第二一号証を疎明資料として仮差押命令を申請した。」事実を認めることができる。しかし、これをもって、原告が「仮差押命令の申請が権利の濫用に当たり、不当なものであること」を知っていたと認めるのは相当でない。
三原告の仮差押命令の申請が保全制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものであったとの事実を認めるに足りる証拠はない。
したがって、原告が本件建物についてした仮差押決定の執行が被告に対して違法な行為に当たるものであったとの事実は、これを認めることができない。
そうすると、被告の反訴請求も不当なものである。
第五そこで、本訴反訴の訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官加藤一隆)
別紙<省略>